施政権がアメリカから日本に帰って40年が経つ。当時総理大臣の佐藤さんの誇らしげな顔が浮かぶ。「沖縄発展のため政府諸施策は強力に進めていく」と言われた事が、ついこの間のような感じがする。本土並みの思いは県民の等しく熱望したものであったが、基地問題は県民の期待にはほど遠く、進展をみない現実を傍観するわけにはいかないでしょう。
普天間の移設が鳩山総理の最低でも県外と約束された事が全くの空事であったが、その解決策は今も放置されたまま、溝は深まるばかりである。あるとき大阪の誰かが大阪湾に移設の候補地をと世間の耳目をさらうような話に目を見張らせたが、その後クスッとも声を聴くことが出来ないのはどうしてでしょうか。
友人に沖縄出身の湧川松一郎先生がいた。大学同窓でもあり一度沖縄へと誘いを受けたが、パスポートの必要があり沙汰やみになった事があった。復帰後公立中学校ではじめて校長になったと言われたが、空手が得意であったため手を出す事には慎重な配慮をされていたことなど懐かしい思い出がよみがえる。
野田総理は40年の式典で基地については「抑止力を維持しつつ基地負担の早期軽減を目に見える形で進めていくことを誓う」と表明されたが、沖縄との溝を本当に埋める覚悟があるのでしょうか。沖縄の基地をどうするのか政治家の熱意はすっかり失われていく現実をどのように理解をすれば良いのでしょうか。
湧川校長との沖縄訪問の約束は反故になったまま、先生はその後勲5等瑞宝章の叙勲があり、今は鬼籍に席を置かれているが、現実の沖縄の基地問題をどのように捉えられているでしょうか。総理も消費税に不退転の決意を表明されてはいるが、何もかも単なる絵物語になることを心配する40年の式典を見た思いがする。
那覇市の上空写真










by izatofm73
気にしない気にしない大阪空港…